1-2
部屋を出るとすぐそこにさっきの男が壁にもたれ掛かっていた。
男はすぐに俺が出てきたことに気付き、俺の姿をとらえた瞬間何故か、停止した。
「どうかしましたか?」
「……いえ。なんでも。」
声をかけてみたらすぐ戻ってきたようだけど。
でもまだ少し、意識がどこかに行ってしまっているような感じだ。
なんなんだ、一体。
…まぁそんなことはもうどうでも良いだろう。
とりあえず、例の眞王廟とやらに向かって歩き始める。
あぁ、そうだ。
「失礼ですが。」
一歩程前を歩くその男は、わざわざこちらを向いて立ち止まった。
俺は先を促してから、話を続ける。
「名前、何と呼べば宜しいですか?」
重要だよな、一応。
呼ぶ度に悩むのは嫌だし。
名前は長すぎて覚えにくいし。
というかそんな名前は覚える気ないし。
「フォンヴォルテール卿と呼ばれたり、殿下と呼ばれたり………グウェンと呼ばれたり。
なんでも好きなように呼んで下さって構いません。」
ふぅん。
「じゃあ殿下で。」
理由→短くて覚えやすいから。以上。
その後馬車に乗り込み、何事もなく眞王廟に着いて。
門番のような人に、会った覚えも名を名乗った覚えもないのに何故か、
「お待ちしておりました。」
と言われ、中へと勧められた。
…何故。
あ。
「殿下。案内有り難うございました。」
それだけ言ってすぐに歩を進める。
そうしたら、異様に髪の長い少女が立っていた。
…誰?
「お待ちしておりましたわ。さぁ、眞王がお待ちです。こちらのお部屋へどうぞ。」
訳も分からぬまま、この部屋に居る人が教えてくれるのだろう、とひとりで部屋に入る。
そこは誰か人の部屋と言うような感じでは全くなくて。
ただ池があるだけの広い部屋に思えた。
多分そのせいだろう。
池が何か特別なもののように感じている自分が居る。
居ると思っていた知らない人も、辺りを見回してみても居る気配がない。
…なんなんだよ。
待っているんじゃなかったのか?
軽く苛立ちながらも部屋の中を歩き回り、人を捜す。
ふと、小さな笑い声が聞こえた気がした。
何処だ?
『捜しても、俺は見えないよ。』
……は?
『聞こえているだろう?待っていたよ、。』
なんだ、これ。
頭に直接、言葉が流れ込んでくる感じがする。
『あぁ、そうか。まだ記憶が戻っていないんだったな。』
記憶が、戻っていないだと?
一体どういう…
『簡単に教えてやろう。どうせその内戻るのだからな。』
『約4000年前、という一人の男が居た。
そいつは強大な防御の力を持っていてな。多くの者に守護神と呼ばれ愛されていた。
そして、後に眞王と呼ばれる男、つまりこの俺と共に創主を封印し、この国を築き上げた。
それが、お前だ。』
何を言っているんだ、こいつは。
どうにかしちゃっているんじゃないか?
『それから、この国を永遠に守り続けているのだ。』
…馬鹿らしい。
無意識に、溜息が出ていた。
あまりにも呆れて、だ。
「悪いが、人違いでは?俺にはそんなことをした覚えはないんでね。」
『言っただろう?お前はまだ記憶が戻っていないのだ。覚えているはずがない。
その内わかるさ。俺の言ったことが真実だと言うことがな。』
そんなこと、あって堪るものか。
『それに…この俺が見間違えるはずがない。昔と変わらぬ、その姿を。』
「ッ…そんなこと、信じられる訳がないだろう。
俺はな、突然そんなこと言われて、はいそうですかと受け入れられる程単純には出来ていないんでね。」
すこぶる機嫌が悪い。
一刻も早く現実の世界に戻りたい。
こんな茶番に付き合っていられるものか。
再び、小さな笑い声が聞こえてきて。
無意識に、唇を噛む。
『まぁ無理もない。しかしお前はもう逃れられない。
受け入れるしか、ないのだよ。』
逃れられない、だと?
冗談じゃない。
「話はもう終わりだな。俺は帰らせて貰う。」
どこに、とかは考えていない。
ただこの部屋から出たかっただけだ。
『あぁ、暫くは好きなように過ごしていると良い。寝ているのが、一番良いだろう。』
嘲笑ってやった。
「それは楽で良いな。」
俺は早足で扉に向かっていった。