1-3
『…そうだな。直接教えてやるのも、いいかもな。』
まだ何かあるのかよ!?
素早く振り返って何処かその辺りを睨み付ける。
実物が見えないのが残念だ。
…って、嘘だろ…?
池から水が浮かび上がってこちらに向かってくるように見えた。
冗談じゃない。
本能が危険信号を発した瞬間、身体は外に向かって走り出していた。
『何故逃げる?』
遅かった。
身体に冷たい感触が伝わってきて、なんだか…人に抱き締められているような感覚がした。
『教えてあげよう。私の身体で、な。』
「ッ!?」
身体を反転させられ、俺は人の形をした水と…唇を重ねていた。
己の目が信じられなかった。
「…んッ!」
舌…!?
嘘、だろ……嫌だッ。
力の限り抵抗してみても、ビクともしない。
なんだか、相手の口から得体の知れない何かがゆっくりと、止めどなく流れ込んでくるような感じがした。
だんだんと力が抜けてきて、ぼうっとしてくる。
気付いた時にはもうすでに床に押し倒されていた。
服もはだけていて、首筋の辺りを舌が這っている感じがした。
力はもう、全く出なくて。
為す術もなく、ただされるがまま…
健の顔が浮かんで、すぐに消えた。
「ッ!?」
突然、頭の中に映像が飛び込んできた。
見たことのない光景だ。
そしてそこには…銀髪の子供と、怪我をした鳥、か?
何だ、これは?
よく見れば子供の顔は何故だか哀しそうで。
手のひらに乗せた鳥に、子供が口付けをする。
すると、信じられないことにその鳥が光り出して、傷が、治って…
「つッ!?」
胸の辺りに痛みが走って、現実に戻ってきた。
突起を噛まれたのだと気付くのに、少々時間が掛かってしまった。
「…なんだよ、今の。」
『あぁ、見えたか?今のは私の記憶。そして出てきたのが…昔のお前だ。』
こんな…非現実的なことが、出来るのかよ?
いや、出来ているのは確かなんだが…信じられない。
『それだけではないぞ。まだまだたくさん、ある。』
「…ッ」
愛撫は、続いた。
ひとつだけ。
たったひとつだけでも、俺は抵抗してみせる。
どんなに痛くても…快くても、絶対にそんな声は出さない。
俺の、プライドに懸けて。
そして再び、映像が飛び込んでくる。
鳥のように飛んで、けれど得体の知れない何か恐ろしいものが、俺、つまり眞王を襲ってきた。
何とか避け、持っていた剣でそいつは倒したものの、右腕には肉が見える程の怪我を負っていた。
…熱い。
腕が、焼けているようだ。
剣が落ち、左手で傷の近くを押さえながらふらつく足で歩き出す。
近くの木に向かうとそれにもたれ、そのままズルズルと座り込む。
全身の血という血が傷口に集まってくるような感覚がした。
止めどなく溢れてくる血、血、血。
…あぁ。なんだか頭がぼぅっとしてきた。
俺は、死んでしまうのだろうか?
こんなところで、あんな奴のせいで…
いや、俺はまだ、死ねない。
死にたくない。
俺には、やらなければならないことがあるんだ。
「動かないで!」
…え?
いつの間にか目の前には銀髪の子供が居た。
きっとこいつが眞王の言っていた昔の俺なんだろう。
そいつは、先程の映像の奴よりは少しばかり大きくなっていた。
「…酷い、怪我だ。」
まるで自分がそうなっているかのように顔を歪める少年。
そして、傷口に唇を当てた。
一瞬電気が走ったように痛んだが、すぐにそこは白く光り出した。
熱もだんだん引いてきて、心地よい温かさが全身を包み込み目を閉じる。
しばらくすると痛みは全く感じなくなっていた。
確かめてみれば大きな傷跡だけが残っていて。
「無理は、しないで。」
そいつの顔を見てみれば、また、哀しそうで。
「頑張るのは良いけど、君が犠牲になることはないんじゃないかな。」
今にも、泣き出しそうで。
「助かった。」
立ち上がり、礼を言う。
そいつの顔はまだ晴れてはいなかった。
「…やらなければならないんだ。こんな世界、一刻も早く変えなければならない。そうだろう?」
「そう、だけど…」
何か、言いたそうな顔をしていた。
世界が変わって。
そいつの舌は、だんだんと下に降りていっていた。
手際よく下着を脱がされ、俺のそれを銜えられて。
「ふ…、…く、ぅ…」
朦朧とした意識では、声を抑えることにも必死で。
そういえば今の記憶はこいつの思考まで伝わってきていた。
そして俺は完全に眞王になっていて…
頭の片隅で、そんなことを考えていた。
『我慢のしすぎは、身体に悪いぞ。』
誰のせいだと…!!
『止めるつもりは毛頭無いがな。』
くっそ…早く、終わってしまえ…!!
その後も、いくつか眞王の記憶が流れ込んできた。
分かったことは、俺が人の怪我や病気を治したり、所謂バリアというものを使える能力を持っているということだ。
…だからといって、今の俺にも使えるとは限らない。
そうだろう?
使い方だって、わからない。
仮に使う方法が分かるようになったとしよう。だが俺はそんなことなどしたくはない。
何故俺がそんな面倒なことをしなくてはならないんだ?
そんな力、望んじゃいない。
苦しんでいる人を救う義理も責任も、俺にはない。
何故、何故俺なんだ?
頼むから、放っておいてくれ!
「くっ…」
俺の中には既に眞王自身が入っている。
快く無いと言えば嘘になるが、理性だけはまだなんとか保たれていた。
それが、せめてもの救いだ。
『本当に強情な奴だ。』
余裕、そうじゃねぇか。
何か言う前に集中してさっさと終わらせろよ!
『身体のように正直になれば最高の時を過ごせるというのにな。』
うる、さい
「ふっ…ぅ、んッ!」
そろそろ、限界が来そうだ。
頼、むから…早く、終わってくれ…
一層激しくなる揺れ。
薄れゆく意識、理性。
もう…無理、だ…!!
達する瞬間、ほんの一瞬だったけれど、またもや記憶が飛び込んできて。
部屋の中には二人の人。
一人は俺。
もう一人は、見せられた記憶の中で見たことのある奴だと思う。
俺は扉の隙間からそれを見ていて。
胸の辺りには、多分…感じたことのある……
危ない、所だった。
あの記憶まで知られるのは好ましくないだろう。
お前が己の記憶を全て取り戻した時には、俺のそれもお前は知っていることになるがな。
わざわざ知る必要もない。
いや、お前は知ってもなお変わらず接してくれるだろうが。
だが今は…せめて今だけは、そのままで居てくれ。
あの頃の、お前で。