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眠りから覚めて、閉じていた瞼を開いてみるとまず、やけに高い天井が目に入った。
とりあえず上半身を起こして周りを見渡してみる。
なんとなく、俺の中の“西洋にあるお城の一室”のような部屋だ、と思った。
少しだけ、記憶を辿ってみる。
一番新しいのは俺の部屋で、一緒にいたのは村田 健。
一日中、何故だかものすごい眠気に襲われていて。
耐えきれずにそのまま意識を手放してしまった。
…明らかにおかしい。
どうして俺はこんな所に居るんだ?
普通ならば、いつもの見慣れた部屋にいるはずなのに。
こんな所に来た覚えは全くない。
まさか村田が睡眠薬を仕込んで眠った俺をどこぞの金持ちさんに売った、なんてことをするはずないし。
………いや、もしかしたらあいつなら…
『ごめん、お金が欲しかったんだ』
とか言ってやるかもしれな………いやいや、村田。俺はお前を信じているぞ。
まぁ、少なくとも俺の知っている限りでは本当にあいつはそんなことするような奴ではないし。
他の奴にはしても、俺にはしない…と、信じているから。
ならばちょっとした記憶喪失か?
…いや、多分違う。
こんな時に辿り着く先はただひとつ。
『…あぁ、これは夢なんだ』
夢ならば早く覚めないだろうか。
俺の目覚めを待っているであろう村田の為に。
そこら辺を探検するという選択技もあったのだが、あえてそのままの状態でぼ〜っとしているだけにしておいた。
…正直なところを言うと、ただ単に面倒だという訳なのだが…
暫くすると、控えめな、けれども確かに聞こえるノック音。
「失礼します」
誰も返事をしていないというのに勝手に扉が開き、人が入ってくる。
その人物は明らかに日本人ではなかった。
入ってきたのは…メイドさん?
でもこの部屋には何か似合っていて、不思議と俺はそれを違和感なく受け入れていた。
彼女は、俺を見ると目を飛び出そうな程見開いて、止まった。
と思ったら、遠慮もなく俺をまじまじと見てきやがった。
「何、見てんの?」
思ったよりも、低い声が出た。
…いや、これは本当に俺の声か?
聞き慣れない声が出たような気がした。
彼女は我に返ったようで、素速く床にひれ伏した。
「なっ…ッ」
冗談だろう?
もちろん俺は今までこんなことされたことはあるはずもなく。
素直に、驚いた。当然の反応だ。
彼女は、伏せているせいで、くぐもった声で話してきた。
「申し訳ございません。…今までずっとお休みになっているお姿しか拝見したことがないものですから…」
…どういうことだ?
ずっとここで寝ていたと?
…俺が?
何を言っているんだ、この女は。
「貴方様がお目覚めになりましたら、眞王廟に連れてくるように、と眞王陛下からの言伝です。」
「…眞王廟?…それはどこに?」
「はい、少々お待ち下さい。」
そう言い終わるや否や、彼女はこの部屋を早足で出ていった。
ちょっと待てよ。
何で出ていく必要があるんだ?
そのまますぐに教えてくれれば良いだけの話じゃないか。
分からない訳じゃ、ないよな?
それとも、まさかとは思うが…地図が必要な程、複雑だとか、遠い所って訳じゃ、ない…よな?
もしそうだとしたら、行かないからな。絶対。
だって、面倒だ。
4、5分経った位だろうか。
さっきの女と一緒に、大きくて、黒…と言うよりも、
灰色に近い髪を後ろでひとつにまとめた緑色の軍服っぽい服を着た男が入ってきた。
「フォンヴォルテール卿グウェンダルと申します。
今回、護衛も兼ねて眞王廟への案内をさせて頂きます。」
そう言って、最敬礼をされた。
俺ってこんなに偉い人だっただろうか?
しかも護衛って何だよ、護衛って。
その男の自己紹介が終わると、女が前に出てきた。
何かを持って。
「これにお着替え下さい。」
それは、服のようだった。
今着ているものを見てみる。
…なんというか…全体的に、生地が薄い。
何も着ないのはさすがにまずいから、と申し訳程度に布を羽織っているような感じだ。
確かに、このままじゃまずいな。
着替えるか。
「失礼します。」
そう言って彼女は俺の服に手を伸ばしてくる。
…まさかとは思うが、こいつはやはりメイドさんで、俺の着替えを手伝おうとしているのだろうか。
だとしたら、冗談じゃない。
次の瞬間には、彼女の手を叩き落としていた。
「失礼。貴方の名前は?」
叩かれたところを押さえながら、驚きに目を見開いて俺を見る。
それが滑稽で、心の中で笑ってやった。
小さく開かれた口から、細々と答えが返ってくる。
「じゃあマリー。今何をしようと?」
「お召し物を、替えようと…」
ビンゴだ。
「そうですか。お仕事ご苦労様です。だけど俺、こういうことは自分でやる主義なんです。
悪いけど出て行ってもらえないかな?」
この俺がこんなに優しくお願いしているのに、彼女は迷っている素振りを見せた。
だから俺が不機嫌になるのは仕方がないことだろう?
ついひと睨みしたら、怯えた顔をして「申し訳ございません!!」と言って逃げるように出て行った。
そう言えば村田曰く、俺の機嫌が悪い時は視線で人を殺せそう…らしい。
それはこの世界でも共通しているようだ。
…使える。
あの男もいつの間にかいなくなっていた。
結構気がきく人だな。
とりあえず、早く着替えよう。
…しかし、そうもいかないことに気付いてしまった。
いかんせん、着慣れないどころか見慣れない服に四苦八苦する羽目になったのだ。
…脱ぐのは簡単だったのに…
とりあえず、なんとなくで着てみる。
…こんなもんでいいのか?
部屋中を見回してある物を探す。
多分、あるだろうと思われる、アレ。
そしてそれはすぐ見つかった。結構目立っている。
それは、大きな全身鏡。
…無駄に大きいな。
そんなことは良いとして、それの前に立ってみる。
自ずと、全身が映る。
「………………。」
これ、鏡だよな?
訝しく思い、それをじっと見、そして触れてみる。
今度は少し離れ、手を挙げたり下げたり、開いたり閉じたり。
もちろん、鏡の中の人物も同じことをする。
「……どういうことだ?」
鏡だと思われるそれには、もちろん見慣れた自分の姿が映るものだと信じて疑いもしなかった。
だが、実際に映っているものは…違った。
銀色の髪が肩より少し長く、女だと言ってもあまり疑う人は居なさそうな、
だが男と言っても十分通用する程の、中性的な…美形。
美形という言葉でさえ、小さく思えてしまう。
誰だ、こいつ。
恐る恐ると言った風に己の髪を掴んで目の前に持ってくる。
紛れもなく、それは銀の色を持っていて。
「…嘘だろ?」
つい、そんな言葉が零れてしまう。
冗談だと、何かの間違いだと、言って欲しい。
……
………
……………。
まぁいいか。
どうせ今の俺にはどうしようもないことだ。
多少違和感はするが、すぐに慣れるはずだし。
さっさと着替えて、眞王廟とやらに行こう。
適当に着替え、部屋を出る。
一応鏡を見てみたが俺的には変ではないから良いだろう。
まず目指すのは眞王廟。